友罪 公開記念舞台挨拶

生田斗真&瑛太 友罪 明治大学特別授業

友罪 大阪 試写会

友罪 完成披露試写会

髑髏城の七人 〜花・鳥・風まで〜

劇団☆新感線観劇歴10年くらい。

しかし髑髏城の七人は見た事がなく、今回のIHIステージアラウンド東京で初観劇でした。

花・鳥・風まで見たところで一旦書き記しておこうかと思います。

 

すべて自分の好みによる独断感想です。

ネタバレも満載なのでまだ観劇してない方はご注意くださいねー。

 

 

 

捨之介

花:小栗旬 鳥:阿部サダヲ 風:松山ケンイチ

この3人だと、花と風は結構キャラクター的には似ている。

花が一番飄々としていて堂々としたかっこいい捨之介であった。沙霧とのコンビが一番好きなのが花。前半で見たときはなんとも思わなかったけど、千秋楽では沙霧とのボディタッチが増えて、頭を撫でてたシーンは身長差萌えした。

鳥が一番異彩を放っていて、少し忍術的というか小狡さがある。殺陣もかなり特徴的。沙霧とは身長差もないのであまりコンビ萌えができない。その代わり贋鉄斎とのコンビは面白すぎて最強。

風が一番3枚目というか軟派。女好き感が強調されている。沙霧と一番イチャイチャしている。一番人情派なのも風。悲しい、悔しいという感情をわりとストレートに出してくれるので、一番感情を読み取りやすい捨之介だと思う。

ストーリー的になぜ捨之介が天魔王を止めようとするのか?という動機と背景が一番説明がないのが花だったと思う。鳥、風と見ていくと鳥では少し説明が増え、止められなかった悲痛さがよりました。また風ではさらに捨之介と天魔王が影武者として表裏一体だった事が語られてかなり説明してくれるのでわかりやすくなっていると思う。

 

天魔王

花:成河 鳥:森山未來 風:松山ケンイチ一人二役

花の天魔王はかなりまっすぐに狂気的であった。蘭兵衛に対して媚び諂ったり、足をひきづったりと、策略家、小狡さが目につく。狂気的で怖い。迫力があった。

鳥の天魔王は初期はそうでもなかったが途中から遊び要素が増えて、やたら英語かぶれの天魔王になり、結構コミカルな天魔王になっていった。しかし、蘭兵衛との契りのシーンは歌と踊りが入り乱れ、個人的にかなり好きなシーン。舞台としても華があった。

風の天魔王は、花と鳥に比べると狂気さは普通に感じた。結構フラットで、それこそ捨之介とあまり変わらないのではないか、と受け手に感じさせるほど。あまり強調したキャラクターにはなっていない印象だった。顔が捨之介と同じ事によるトリックが何箇所かにあり、最後も捨之介が天魔王として追われることに説得性がある。

 

無界屋蘭兵衛

花:山本耕史 鳥:早乙女太一 風:向井理

花は少しやさぐれ感が強かった。でも美しかった。

鳥は少し軽いけどとにかく妖艶。

風は真面目でストイックな感じだった。

花の蘭兵衛の殺陣も相当かっこよかったのだが、やはり鳥の蘭兵衛の殺陣は速すぎて見えないレベルでかっこよかった。それに比べると風はどうしても見劣りしてしまった。動きのスピードがどうしても遅いし、決めるところが決められない。ただこれはもう、配役が決まった時点でほぼわかっていたようにも思う。

風はとにかくスタイルが良いのと、太夫を抱きしめるシーンがあるので、そこは特筆すべきところかもしれない。

 

 

沙霧

花:清野菜名 鳥:清水葉月 風:岸井ゆきの

あまり3作通して印象に変化がないのが沙霧だと思う。

捨之介との関係性、三五とのコンビ感などの組み合わせの違いはあるが、それぞれの違う色はあまり感じられない。

あえて言えば、清野菜名はアクションが出来るのでアクションもこなしていたのと、岸井ゆきのは側転をしていたくらいか。

声が一番良いかなと思ったのは清水葉月。

月では男性になるので、どのように変化するかは楽しみなところではある。

 

極楽太夫

花:りょう 鳥:松雪泰子 風:田中麗奈

貫禄があって余裕があったのが花の太夫だったと思う。非常にたおやかで、兵庫を弄んでる感じが一番出ていて、最後にひたすらまっすぐな兵庫を選ぶのが一番自然だった。

鳥では蘭兵衛を思って歌うこともあり、蘭兵衛への想いがダイレクトに伝わりやすい。最後にはやたらでかい子持ちになってしまうのが少し気の毒だった(汗)

風の太夫は最初の衣装がちょっとギョッとするほど露出度が高く、個人的に好きになれなかった。中華風なのも気になる。また、花、鳥に比べると他のアンサンブルと身長差や衣装の変化が少なく、埋没した感じになってしまっていたのも気になった。キャンキャンしていて少し元気すぎた。

 

兵庫

花:青木崇高 鳥:福田天球 風:山内圭哉

花が一番真っ直ぐ馬鹿で猪突猛進感が出ていた。

鳥は少し変化球で子持ちでハゲ。大人の余裕があった。

風は実は一番スタイリッシュだけどツッコミ入れたりもするし、バランス型の兵庫であった。アドリブ?を入れたりして、狸穴二郎衛門に突っ込まれる場面も。兵庫と狸穴二郎衛門の絡みが楽しめるのが風の面白さである。

風の兵庫は結構好きだけど、太夫に弄ばれてる感が強かった花が好きかもしれない。

 

贋鉄斎

花:古田新太 鳥:池田成志 風:橋本じゅん

花の古田さんも相当だったが、鳥の成志さんがそれを上回るほど全てにおいて”ずるい”贋鉄斎だった。そして風のじゅんさんに至っては設定が盛り込みすぎて大渋滞。

花の贋鉄斎がもはや一番普通だったんじゃないかという錯覚を起こす。捨之介を助ける動機が3作で違うのだが、花に関しては純粋に捨之介を助けようとしていた。やっぱり一番常識人に感じてしまうから恐ろしい。殺陣でのコンビ芸はアクロバテッィクでよかった。

鳥の贋鉄斎は捨之介とのコンビ芸含めてとにかく面白すぎた。アドリブの応酬。贋鉄斎が捨之介より立場が弱いのがこんなに面白いとは、という感じであった。阿部サダヲ池田成志でここは下北沢じゃないんだぞ!絶対領域

正直風の贋鉄斎はオモシロネタの食い合わせがイマイチというか、花と鳥は初期の段階でも爆笑できたが、風の贋鉄斎はイロモノすぎて笑いはそこまでであった。ギミックの面白さも減ってしまった。ただ、また後半になるとじゅんさんがキャラクターを掴んできて変わるかもしれない。

 

狸穴二郎衛門

花:近藤芳正 鳥:梶原善 風:生瀬勝久

こちらも今にして思えば花が圧倒的に遊びがなく真面目な狸穴二郎衛門であった。真面目だったので、一番およしをちゃんと愛してる感が伝わったのが花だったかもしれない。ただ、なぜ捨之介たちを助けるのか?という動機づけでは風が一番自然かもしれない。冒頭から登場し、捨之介達と初めから絡むので仲間感が強い。一番面白いのも風。生瀬さん、さすがに遊びを入れてくる。鳥はその中間だろうか。遊びはなかったが、花よりも老獪さがにじみ出ていた。

 

髑髏党

これに関しては鳥が圧倒的に好きである。

とにかくカナコさんの側近が好きだったのと、手下達も面白キャラが集まっている(人数が多すぎという感じも)

 

荒武者隊

風が一番荒武者隊がフィーチャーされていた気がする。

出番もやけに多い。わりときれい目な鎧に身を包んでいるし、特に舞台中説明はないがキャラクター性も持たせようとしている。謎のヲタ芸もあり。

 

無界屋

無界屋は鳥の赤を基調としたセットが一番好き。

ただ狸穴二郎衛門の相手役としては花のおよしが一番よかったと思う。

団体芸は風が面白い。おエマさんの力である。

 

三作それぞれの面白さがあり、毎回本当に楽しませてもらっています。

月、極も引き続き楽しみです。

彼らが本気で編むときは、

彼らが本気で編むときは、

 

f:id:turquoise999:20170228004332p:plain

 

かもめ食堂」の荻上直子監督が5年ぶりにメガホンをとり、トランスジェンダーのリンコと育児放棄された少女トモ、リンコの恋人でトモの叔父のマキオが織り成す奇妙な共同生活を描いた人間ドラマ。生田斗真トランスジェンダーという難しい役どころに挑み、桐谷健太がその恋人役を演じる。11歳の女の子トモは、母親のヒロミと2人暮らし。ところがある日、ヒロミが育児放棄して家を出てしまう。ひとりぼっちになったトモが叔父マキオの家を訪ねると、マキオは美しい恋人リンコと暮らしていた。元男性であるリンコは、老人ホームで介護士として働いている。母親よりも自分に愛情を注いでくれるリンコに、戸惑いを隠しきれないトモだったが……。

(映画.com)

 

生田斗真トランスジェンダーを演じる。これはとてもセンセーショナルに報じられた。しかし映画にとって本当に重要なのはトランスジェンダー云々という話より、トランスジェンダーとか男とか女である前に皆一つの個であるということだと私は受け取った。そして、その個を家族としてどう受け止めるか、という点が非常に丹念に描かれている。

 

この映画の中にはいくつかの家族が出てくる。正確には母子だ。

リンコとフミコ、トモとヒロミ、ヒロミとマキオとサユリ、カイとナオミ…父親は非常に影が薄い。リンコの義理の父ヨシオは出てくるが、あくまで義理なのでそこまで濃い接点はない。

劇中でマキオにトモは聞く。「お婆ちゃんはお母さんの事嫌いなの?」マキオは「嫌いっていうのではないと思うよ。親子でも人対人なんだよ。どうしても合わない関係はある。」と答える。

人それぞれ家族の形はある。だが、リンコとフミコの家庭が一番幸福そうに見える。それは、母が子の個にきちんと向き合っているからだ。世間一般の「普通」がその子にとって「普通」ではない。自分にとっての「普通」がその子にとって「普通」ではない事を家族という繋がりに甘んじずに向き合わないといけないのだ。

ヒロミはトモの嫌いなものさえ理解していなかった。母親という立場に甘んじて、トモに向き合っていなかったのだ。そしてカイ。カイは劇中で非常に大きな役割を担っていて、その母のナオミもまた大きな役割を担っている。カイの嗜好についてナオミは理解できない。やはり、個と向き合っていないからだ。また、ナオミはカイに、「あの人(リンコ)とは付き合わない方がいい。普通じゃないから」と忠告する。カイは「普通じゃないってどういう事?」と尋ねると、ナオミは「異常じゃないって事よ」と答える。

 

日本人は普通じゃない事を嫌う民族だ。

セクシュアルマイノリティの生きづらい世の中だと思う。海外はもっと一般的な活動が盛んだが、日本はどうしても影に隠れて生きている人が多い。映画でも日本における生き辛さが度々描かれている。出演者の斗真くんや桐谷くんはLGBTについて、身近な周りの友達に LGBTがおり、この映画についても彼らに相談していたと述べていた。

周りに友達、家族がいれば理解が進むだろう。ただ、「普通」の世界ではカミングアウトを気軽にする人の方が少ないだろう。こんなニュースもある。

www.asahi.com

身近にいなければ理解が進まないのか、身近にいても理解が進まないのか。LGBTに理解がある人だって「そうすることが普通だから」理解してるふりをしている人もいるかもしれない。身近な存在にLGBTがいなくて理解が進まないのであれば、映画がそれの助けになれれば良い。この映画の良いところはLGBT一辺倒の話では終わらず「普通ってなんだろう」と考えるきっかけとなる作品にきちんとなっている所だ。

 

映画の中のナオミとヒロミはある種のアンチテーゼとして存在する。ただ、ナオミの考え方を一概に自分は否定出来ない自分がいる。やっぱりつまらない考え方に縛られてる事って、多々あるからだ。胸を張って私はナオミとは違うとは自分は言えない。トモを置いていったヒロミもそう。ヒロミと同じ事を心のどこかで思ってる女性は多いと思う。やるか、やらないか、やれる状況か、そうでないかというだけで。だから、私はナオミのこともヒロミの事も嫌いにはなれない。トモはナオミについてこう言う。「あんたのママは、たまに間違う」間違ってる、とは全否定しない。人間誰しも時々間違うのだ。この言葉はなんて優しいんだろう、と思ってしまった。色んな人を肯定しているからこそのセリフだと思った。ただ、自分の考え方を彼女たちを反面教師として反省する面も併せ持っていて、やはり非常に考えさせられる映画だ。

 

「彼らが本気で編むときは、」

それにしても考えさせられるタイトルである。映画を見るまでは、彼らがなぜ編むのかなんて真剣に考えてなかった。そして何を編んでるのかさえも。

彼らが本気で編んだ、「ボンノウ」。彼らがなぜ本気で編むのか。マキオとトモは、リンコの望みを叶えるため。リンコを早く戸籍上も女性にしてあげて、しがらみから少しでも解放してあげる為。リンコは自分の願いを叶えるため。そして大切な人をを悲しませないために編む。

リンコはトモに、悔しさや悲しみを、編む事で消化させるのだと説いた。しかし、マキオの母サユリの編み物エピソードを通して、怨念ばかり込めては浮かばれないのではないか、と悟ったのではないか。

最後にリンコは、トモに「ニセ乳」を贈る。それは母が自分にくれた愛情の結晶である。ある意味「ボンノウ」はリンコにとっての怨念だった。愛するトモには、怨念ではなく、愛情を送りたかったのだと私は受け取った。寂しさを埋めるタオルを捨てて、「オッパイ」を求めたトモへの精一杯のプレゼントだったのだ。

彼らが本気で編むときは、誰かを想う時なのだと。

誰かを憎む時ではないのだと。私はそう解釈しました。

 

 

生田斗真トランスジェンダーを演じると言うことが入り口となり、この映画を見ることになる人もいるだろう。

今まで学校一の人気者、美しい殺人者、潜入捜査官、逃走者と様々な役を演じてきた。リンコは彼のキャリアにとってまた一つ素晴らしい役が誕生した。非常に難しく、苦労が伺える所が多々あったが、男性性を感じさせながらも美しい女性を演じきっていた。所作や表情や声色、そしてトモに見せる強い母性。存在としての美しさと、人間としての匂い立つような美しさが画面から滲み出ていた。あ、なんか女性として負けてるな、と感じてしまうほどに。

特にハッとさせられたのはファーストカット。とにかく印象的な登場シーンだ。「おかえり」とはにかみながら言うリンコさんはとても美しい。めちゃくちゃこだわったことでしょう。そして、胸がチラッと見えるシーン。このシーンもとても綺麗だ。おそらく女性監督ならではの視点で、女性が見ても美しいことにこだわられたと感じた。

しかし、ただ美しいだけではないのがリンコの素晴らしい所で。特にマキオの前では非常に信頼が伺えて、フランクで明け透けな話もする。そういった奔放な面も演じる一方で、どこか遠慮して肩身が狭そうにしている面も見事に演じている。

 

最初にこの映画の話を聞いたとき、きっと斗真くんならこの役を糧にするだろうと思っていたが、想像以上だった。このような役をオファーしてくださった荻上監督にはただただ、感謝を申し上げたいし、見事に演じきった斗真くんには拍手を送りたい。

 

今回の作品は今まで以上に楽しみで、トランスジェンダーという役を斗真くんがどのように演じたのか、というのもありつつ、作品としてとても楽しみにしていた。映画が終わった後には思わず深く息を吐くほど、満足感が非常に高い映画だった。

主人公はリンコだが、裏主人公はトモである。重要な役を演じきった柿原りんかちゃんには最大の賛辞を送りたい。自然体のりんかちゃん無くしては、この映画は成り立たなかったと思う。

 

 

LGBTの啓蒙に終始することはなく、それぞれの家族の形を描いた素敵な作品になっています。ぜひ劇場で鑑賞していただきたいと思います。

自分の価値観や多様性について今一度深く考えたくなるし、語りたくなる映画です。

全国映画館で絶賛公開中です。

ベルリン映画祭、W受賞おめでとうございます。

 



一部表現はノベライズを参考にさせていただきました。映画では描かれていないエピソードや心情が細かく描かれている事でより映画の理解が深まります。特に、リンコが傷つき悩む一連の心の流れは理解しやすくなっていてオススメです。

 

 


 

SMAPの解散によせて

1月13日、SMAPの最初の解散報道が報じられた。朝早くに寝ている私に同居人から「SMAP解散するって」と言われた時の私の反応は「はいはい。私を起こそうと思って嘘ついてもムダです」だった。それほど青天の霹靂の報らせであった。一般人の方がよっぽど真実だと思っていて、昔はよく解散報道やスマスマ終了のニュースがあったりしたもので、私はそれと同じだと思っていた。それほど現実味のない話であった。

しかし、俄かに界隈がザワザワとし始め、様々なニュースが毎日報じられる事となった。ニュースを鵜呑みにして有る事無い事言われる日々に疲弊した頃、スマスマで生でコメントが聞ける事となった。

 

1月18日のスマスマ。5人のコメントを震えながら見ていた。事態を軽んじていた私でさえ、大変なことになっているとはっきりわかるくらい、ポジティブな様相ではなかった。5人は辛そうな表情であり、「解散しません!」という一言さえ言えない状況だった。解散しないで、という事が五人の幸せの為なのか、とおもわせてしまうぐらいの衝撃があった。

 

8月14日未明、SMAPが解散を発表した。
1月の騒動はあったものの、やはり私にとっては青天の霹靂の出来事であった。
長らく愛したSMAPがいなくなる。それは、当たり前にあったものがいなくなる、親や友達がいなくなるのと同じ感覚で想像がつかないものだった。私はどんなに報道が出てもどこか絵空事のようで、信じられないし、信じたくなかった。でも、寝て起きても解散は夢じゃない。夢じゃなかった。

 

12月26日。スマスマ終了。結局スマスマを見ながらも、現実味が全くなかった。私は沢山涙しながら、彼らはいつものままであり続けた事に感謝した。スマスマが終わるだけ。そんなようにも見えた番組構成だった。

 

そして、12月31日をもって解散。紅白には結局出なかったが、出なくて良かったと思う。紅白に出て大々的に解散なんてしてしまったら、区切りが明確になりすぎるからだ。そして、スマスマの湿っぽさを考えると、年越しに全くふさわしくなかった。正解だったと思う。

 

 

突然だが私はSMAP結成の2年前に産まれた。ほぼ同世代だ。そのため、物心ついた時には既にSMAPがいた。幼少期に必ず通る少女漫画、そしてアニメ。その主題歌をやっていたのがSMAPだ。私はそこを通して彼らを認識した。

その後彼らはドラマやバラエティで爆発的ヒットを飛ばし続け、知らない人はいないというくらいになった。別に誰が好きという事はなくても、ほぼ全員のドラマを見て、ほぼ全員のバラエティを見ていた。今考えると本当にすごいことだと思う。

私がSMAPヲタクになったのは、2003年からである。経緯は割愛するが、本格的に堕ちたのは、ドリスマのDVDを見たからだ。買ってから毎日毎日暇さえあれば見ていた。

SMAPになぜ惹かれるのか。
理由は人によって千差万別だろうが、私の場合は個性バラバラの5人が集まった時に発せられる驚異的なパワーだ。そしてそれを一番体感できるコンサートが好きだったのだ。

SMAPの解散が発表され、驚きと悲しみと怒りと悔しさと色々な気持ちがないまぜになった。
なぜ、解散しなければならない?なぜ?いやだ、絶対いやだ。いろんな思いが駆け巡った。

その中で一番確固たる私の思いは
「コンサートがもう見れなくなるのが悲しい」
これに尽きた。

ただ、コンサートはあと何年出来るのか、少し前から心配だった。
SMAPのコンサートは長い。4時間弱ある。
彼らのエンターテイメント性がそうさせる。
ソロコーナーもあるが、基本はみんな踊って歌う。
一番最後に行われたコンサートは2TOPが42歳の時だ。ただでさえSMAPはいつからか隔年でしかコンサートをやらなくなった。コンサートをやるのはそれだけ準備に時間が必要で、ただでさえ多忙な彼らの時間を奪うのだ。
44,46,48…いったい何歳までこの巨大なドームコンサートが出来るのか。会場を小さくしたら溢れるだろう。ディナーショーでは何かが違うだろう。最高齢のアイドルとして常に挑戦し、一度コンサートをやることになると全力でファンを楽しませてくれた。 

今年は通常通りなら、コンサートが行われるはずの年だった。しかし25周年のコンサートは行えない状態で、彼らは解散する事になった。

解散したかったのか、解散させられたのか、解散せざるをえなかったのか。部外者の私はわからない。

どうにもやるせない気持ちを犯人探しにぶつけたい気持ちもあった。どうにかしてやり直せないかと歯がゆい気持ちもあった。
ただ、5人の持つ驚異的な輝きを、綺麗なままで記憶しておきたかった。

 

今までずっと毎日テレビに出て、被災者に寄り添い、一般人を楽しませ、最後まで「アイドル」としていてくれた5人を、ずっと身を粉にして働いてきた5人の決断にとやかく言いたくなかった。

 

5人は最後まで、沈黙を貫いた。
無言は彼らの意思表示なのではないかとも思う。明確な表現を、解散コメント以外では避けてきた彼ら。

沢山のタブーがあった。ピンチはチャンスと乗り越えてきた。それでもなお輝く5人の姿に皆魅せられていた。願わくば色々なタブーや常識を打ち破ってきた彼らが、

解散したアイドルが復活する

ことで、また常識を打ち破ってくれる事を祈る。甘いと笑われても良い。それが私のささやかな願いだ。

 

 

また絶対スマコン行くからね。
それじゃまたね。しばしお疲れさま。